国際子ども教育基金(CEFI)活動報告 vol.2
2004年春、3週間のカブール訪問で出会った人や感じ
たことを、機会あるごとに伝えていきたいと思っています。

清貧の暮らしの中で品格をもって生きる
 ストリート・チルドレンのための学校を運営するNGOアシアナ。そのソーシャル・ワーカー、フェイマさん37歳と、1日行動をともにした。騒音と砂ぼこりとで一瞬も気持が休まることのないカブールのバザールを歩きまわり、ストリートチルドレンを見つけては声をかけ、優しく身体に触れながら、不安げな子どもの心を開いていく。人に感動することほど、心が満たされることはない。フェイマさんに出会い、その精神に触れたことは大きな喜びである。
 圧倒的に生活困難な環境の中で生きているフェイマさんの生活をもっと知りたいと思った。カブールに入って以来、くる日もくる日もアフガン国内避難民キャンプの人々の暮らしぶりを見てまわり、気持ちがくじけてしまいそうになっていたこともある。このカブールに根をはって生活する「普通の人」の生活にほっとしたいという欲求が日増しに強まっていた。そんな私たちを彼女は自宅に招いてくれた。そのとき、フェイマさんは慣れない英語で、自分が未亡人であることを語った。


The rocket came down in my house.
My husband died in front of all my children.
−−−ロケットが家に落ちた。
   夫は子どもたちみんなの目の前で死んだ
 

 裸電球が一個つり下がっているだけのアパートの一室に家族は住む。隣には、兄の家族。この2家族7人のうち、職を得ているのはフェイマさん一人。一般的にカブールで教師の給料は月150〜200usd。約2万円で2家族が暮らしている。正座をして話を聞く子どもたちのまなざしは好奇心の光にあふれ、しつけも素晴らしい。客の前だけに置かれたわずかなキャンディーとみかん。あたたかなアフガン・ティーが心にしみわたった。今のアフガニスタンでは、復興景気に関係なく、真面目に生きている人ほど、貧しい生活を強いられている。そんな人たちがストリート・チルドレンの教育に汗を流している姿を見て、自分にも役に立てる場があることを悟った。    (片岡弘子)

▲バザールで子どもたちに声をかけて歩くフェイマさん。
アフガン子ども教育・母親識字教育支援金確保に向け、心を引き締め、夏の汗を流します。
 多くの人に生かされて今年で57歳。世にいう還暦まで後3年、これは大変! と少々あわてています。
 人生、少しはお返しして生きなければと思いつつも、本格的な支援活動のスタートが3年前。最初は本当にできるのかという不安がありましたが、支援の輪の広がりの中で、皆様に元気をいただきながらやっています。
 アフガン子ども教育支援に始まり、母親識字教育、そして、今秋には、移動診療所(モバイル・クリニック)をスタートさせたいと考え、資金調達に乏しい知恵を絞っています。
 病気の子どもを抱いて、遠距離を徒歩で無料診療所にやってくる母親。自己負担の薬代が払えず、診療無料の政府の病院にさえ行けない貧しい母親たち。助けを求めている人々の方へ、こちらから出向いて活動する。これは春にスタートしたモバイル・ワーク・ショップ(移動教室)と全く同じ姿勢です。
 私たちができることは、皆様に喜んでいただける品を正直に提供し、それを購入していただき、支援資金を調達することです。支援の主役は皆さま一人ひとりです。ご協力をよろしくお願いいたします。
(高原アート館八ヶ岳 館長 向村春樹)
▲「母と子の無料診療所」には、 朝早くから列ができる。
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